電通国際情報サービス(ISID)が2020年11月30日にTECHPLAYのオンラインイベントにて、Hololens2を活用した教育システムと遠隔VRコミュニケーションシステムの開発事例紹介をしました。本記事では本イベントの前半に岡田敦さんよりお話いただいた「全身トラッキング型VR遠隔コミュニケーションシステム」を医療・福祉につなげたことについて紹介します。
イベント情報@TECHPLAY
イベント概要
- イベント名:【Hololens2を活用した教育システムや遠隔VRコミュニケーションシステムの開発事例紹介】進化するSIerの最前線!先端技術を活用した事例の紹介- 電通国際情報サービス(ISID)Meetup #03
- 日時:2020年11月30日(月) 19:00~
- 場所:オンライン
- 参加費:無料
- 参加対象:フロントエンドエンジニア / バックエンドエンジニア / インフラエンジニア / UIUXデザイナー / PdM
登壇者
岡田 敦
株式会社 電通国際情報サービス
Xイノベーション本部 オープンイノベーションラボ
2016年ISIDイノラボに参画。VRを活用した遠隔セラピーシステムの開発、またモノを動かす技術として実空間のモノの位置制御による行動や景観の制御など、実/仮想空間の新たなあり方をテーマとして活動中。前職では映像・音声などの大容量メディアの低遅延・同期転送などの研究開発に従事。
中川 洸佑
株式会社 電通国際情報サービス
Xイノベーション本部 xRビジネスデザイン部
2015年に入社し研究開発部署に配属。 そこでxR技術(当時はVRから)を学習し、現在は様々な分野でxR活用を推進する部署に所属。
社内各所にxR仲間を増やすキャンペーンを実施中。
タイムスケジュール
前半に岡田敦さんによる「遠隔VRコミュニケーションシステムの開発と幻肢痛VRセラピーの取り組み」についてのお話を、後半に中川洸佑さんによる「HoloLends2を使った作業者教育システムの取り組み」についてのお話をいただいきました。
タイムスケジュールは以下の通りです。

本記事では前半に岡田敦さんよりお話いただいた内容をまとめております。
後半の中川洸佑さんの「HoloLends2を使った作業者教育システムの取り組み」についての内容をお読みになりたい方はこちらのリンクから読むことができます。
ISIDによる開発事例紹介【後半】「HoloLends2による作業者教育システム」
遠隔VRコミュニケーションシステムの開発と幻肢痛遠隔VRセラピーの取り組み
今回のイベントの前半にお話いただいた岡田敦さんによる「遠隔VRコミュニケーションシステムの開発と幻肢痛遠隔VRセラピーの取り組み」の発表はVRに期待される「医療・福祉」という面でプロジェクトが動き出したきっかけから実証実験による結果までお話してくださいました。
以下が今回の発表の岡田さんによる本イベントの紹介文です。
全身の動き、特に体の関節点と手の動きをトラッキングし、VR空間に再現する「全身トラッキング型VR遠隔コミュニケーションシステム」を構築しました。VR空間には2名分のトラッキング情報を同一の仮想空間に反映可能で、体験者はVR空間内に自分を含め2人の人間が入り込み、体の動きを伝え合うようなコミュニケーションができます。
TECH PLAYより引用
今回はこのシステムを使って、幻肢痛という疼痛ケアをVRで遠隔で実施した試みについてご紹介します。
全身トラッキング型VR遠隔コミュニケーションシステムとは
ISID イノラボは現実空間でトラッキングした手や体の位置情報などをVR空間内に落とし込むことで、バーチャル空間内で遠くにいる相手とも体の動きを相互に伝え合うことを可能とした「全身トラッキング型VR遠隔コミュニケーションシステム」を開発しました。特徴としてはそれぞれお互いのモーションを見ることができるほかに、現実空間では不可能な「自分と相手の体が重なる」ことで意思の伝達を容易にできることが挙げられます。
元は株式会社KIDSの猪俣一則さんが自身の幻肢痛体験から幻肢痛で悩む患者を救いたいとVRでバーチャル内でミラーリングをすることで幻肢痛による痛みが弱まることが証明され、実際に東京大学と連携し痛みが減ることを国際的な評価指標で効果があることも証明している取り組みです。
遠隔による技能伝達などのソリューションを検討していたイノラボと、VRによるミラーセラピーをより多くの方に提供できるよう活動されていた猪俣さんとが共同で検討を進め、遠隔VRセラピーシステムを構築しました。
幻肢痛とは?
幻肢痛とは、四肢切断後の患者が失った四肢が存在するような錯覚や失った四肢が存在していた空間などに温冷感や痺れなどの感覚を知覚する現象です。
四肢切断者でなくても運動麻痺や感覚遮断によっても発症します。そして、幻肢痛の発症頻度は四肢切断患者の50-80%とされ、その長期予後は報告によって異なるものの大部分の患者では数年を経ても幻肢痛を伴うとされています。
痛みの原因としては脳が手や足を失ったことに対応しきれていないことから生じると仮説が立てられています。従来は失った手足とは反対の手足を鏡に写すことで実際に手足があるように脳に錯覚させる方法で幻肢痛を和らげていましたが、その方法だと患者のそばにセラピストが必ずいなければいけません。
しかし、幻肢痛患者の特徴として患者は機械工場が多いことから近畿・九州地方に集中している一方でリハビリを行える人は東京などの主要都市には数人しかいないのが現状です。
VRによる遠隔幻肢痛セラピーの実証実験
上に挙げたように幻肢痛のリハビリには未だ問題点があります。
そこでVRで全身トラッキングを用いた遠隔コミュニケーションが、株式会社KIDS、畿央大学と協力して実証実験として行われました。
東京にいるセラピストと奈良にいる患者にVRを装着してもらい、VR空間上で相手の体の動きや声を聞きながらセラピーが行うことで、結果として患者の幻肢痛は和らいだそうです。
今回の実証実験でVRによって効果が見られたところを説明していただいたので以下にまとめました。
- ・相手の動きを見ながらリハビリが行われることで「こういう風に」、「こうやって」といったメッセージでも患者は直感的に理解することができること。
・セラピストと患者が異なる場所においてもコミュニケーションがとれ、一緒にいなくても大丈夫なこと。
・相手の体に入り込み、体が重なることで視覚での理解がしやすいこと。
・VR空間上でも相手の全身のトラッキングから「あの人だ!」と動きから認知し、相手の存在を感じることで楽しくなるのに伴い、痛みの感覚が離れやすかったこと。
まず、今までの遠隔セラピーの課題として専門用語で伝えるからこそ起きる理解の困難さがありました。セラピストは人体における部位名などを知っていますが、患者の多くはような専門用語に詳しくありません。
そのため、動かしてほしい部位をセラピストが伝えても患者はどこを動かせば良いのか分かりにくいそうです。それがVR空間上なら音声と全身トラッキングによって直感的に伝えることができ、負担をかなり減らすことができたとのことです。
また、岡田さんが驚いておられたのが3つ目の相手を感じることで痛みの感覚が減らされたことでした。このことから、人は無意識のうちに相手の体の動き全体から「この人らしさ」というのを認識しているのではないかと仮説立て、もしそうであるならば手だけでなく全身をトラッキングする意義はそこにあるのではないかと話されていました。
また、実証実験を行い技術面において改善が必要だと感じたことは、複数のデバイスがVR空間上での座標ずれからくる動作のフィット感低下です。少しでも自分の体とVR空間内の自分がずれていると「これは自分の体ではないんだ」という認識が働き、リハビリを困難にしてしまうとのことでした。
全身トラッキング型VRコミュニケーションシステムの未来
実証実験によって「全身トラッキング型VRコミュニケーションシステム」による幻肢痛のリハビリへの効果はあると分かりました。岡田氏はこの技術は多くの場で使われるべきだとし、より多くの人が使えるようにケーブルを減らしたり軽くしたりするなどに加え「システムの簡易化」をすると述べておられました。
また、実証実験を通して分かったVR空間上の座標をより正確に表さなければいけいことについては、セラピストだけが全身にトラッキングセンサーを身につけ、患者はVRのみといったような形で接続デバイスを減らすことで座標のズレを改善していくと話しておられました。
全体を通じた所感
筆者自身、幻肢痛について詳しい知識はなく四肢切断者の多くに発症することは初めて知りました。
また、幻肢痛患者がリハビリの過程において苦労していることやセラピストの人数不足といったようなな大きな不を抱えていることに気づかされました。
歴史を振り返ると、人の体に起こる障害の多くはテクノロジーによってその障壁を乗り越えてきたと言えます。
視力が悪い人はメガネの登場で今やそれは障害としての認識は希薄です。耳が聞こえにくくてもある程度までは補聴器などがカバーしてくれます。
近年において国内の平均寿命が上昇傾向にあるのはそういった科学・工学技術の発展があったからこそです。XR技術はそんな医療・福祉におけるテクノロジーの発展の道筋の中でかなり大きな要素の一つになるのではないかと考えていますし、実際に事例も増えてきています。
今回の岡田敦さんによる全身トラッキング型VR遠隔コミュニケーションシステムによる幻肢痛セラピーの実証はそんなXR技術が担う大きな変化を生み出す重要なものだとお聞きしていて感じました。
「幻肢痛だけではなく多くの症状が全身トラッキング型VR遠隔コミュニケーションシステムによってリハビリ・セラピーが楽になるかもしれない。」そんな可能性が期待できる技術であると確信させられました。